機能性とファッション性 - 本来交わらないはずの要素を、ごく当然のことのように共存させてみせるブランド「lelill(レリル)」。ミニマルでありながら、高揚感を感じさせるデザイン。日常に溶け込みながら生活を少しだけ格上げしてくれる。それが「道具服」を掲げるlelillの真骨頂。
感度の高いブランドほど、あえて言葉を多く語りません。しかしlelillは、顧客と誠実に言葉を交わしながらも、ファッションがもたらす高揚感をしっかりと残しています。そこにはブランドの哲学を深く理解し、日々の装いに落とし込むスタッフと顧客たちの存在があります。彼らの共感と熱量こそが、lelillの世界観をより立体的にしているように感じます。
そんな信頼関係は、ブランドが展開するロイヤルティプログラムとも密接に結びつき、単なる購買の枠を超えた「共創」の循環を生み出しています。相反する要素をどう調和させ、どうしてこれほどまでに顧客がブランドの思想を理解しているのか。その秘密を探るべく、現場で顧客との関係を築くディレクター、そしてPRマネージャーにお話を聞きました。
インタビュイー
株式会社マイク・グレー lelill ブランドディレクター 森里美さん
非アパレル業界からの転職を機にアパレル業界へキャリアを転向。株式会社アングローバル(当時)へ入社後は、販売マネジャーを歴任。コロナ禍を経て退職し、「現場で再び働きたい」という強い思いから、前職で同僚だった現「lelill」デザイナー児玉氏の誘いを受け、現職に就任。
同 プロモーションチーム マネージャー / PR 仲西瑛美さん
4年間スタイリストアシスタントとして従事した後、株式会社マイク・グレーに店頭スタッフとして入社。ブランド認知の拡大に関心を持ち、PR職を志望。組織変更を経て、現「lelill」におけるPRおよびEC担当として現職に就任。
企業紹介
1990年に設立。Petit Bateau(プチバトー)の日本代理店事業からスタートし、その後、ブランド本体による日本法人設立に伴い、Petit Bateau事業は日本法人へ移管。
同時期にPont de Chalons(ポンデシャロン)を立ち上げ、創設から25年を経た現在も運営を継続している。
その後、現オーナーが同社を買収し、マルチブランド戦略を推進。「lelill」「sosotto」「ORGANIC STORY」を含む計4ブランドを展開。アパレルにとどまらず、ライフスタイル全般にわたるブランドを手がけている。
ブランドの熱量を生む「道具服」思想と発信設計
ー SNSから顕著に感じ取れるような、顧客が熱狂するブランドの熱量を担保する為の工夫はありますか?
森:実はそこに一番力を入れています。デザイナーの児玉が掲げている「道具服」というコンセプトは着用する人のことを第一に考えていて、着る人の生活や身体、その日の気候や気分に馴染む服という発想から生まれたのですが、ライフスタイルの中に「衣」は常に共に在る物で、日常的に高揚感を持ち、常に生活の中にlelillがあって欲しいという思いがあります。
このようなコンセプトを具体的にお客様にお伝えするのに、「道具服×デザイナー×lelillチーム」の3つの掛け算を意識しています。
lelillへの「憧れ」や「素敵」を見せながら「共感」「参加」「応援」してもらい、洋服を結びつけるのが目的です。この掛け合わせにより「お客さまがHAPPYになる」ことを一番に考えています。
具体的な例を挙げますと、lelillでは月ごとに販促企画を組み立てています。lelillを着用して1年12ヶ月をどのような風に過ごして欲しいか?を考えながら企画。例えば4月なら新生活、5月なら初夏の前でお祭り気分、など日常を取り巻く着用シーンを具体的に想起しながら販促企画へと結びつけています。
そのような企画を立案した後instagram、特にライブ配信をメインにデザイナー自らがプロダクトに対する思いを伝え、lelillチームが着こなしを魅せる。そこではコーディネートだけではなく、着心地の良さからlelillとしての世界観・雰囲気も同時に見せるようにしています。

店舗とECを生産段階から統合する運営体制
ー 店舗とECの連動は意識していますか?
森:販促企画は店頭とも連動していて、商品の生産の段階から計画しています。店頭と連動するには商品が納品される、所謂「デリバリー」のタイミングから逆算する必要があります。
そして、デリバリーの1ヶ月前には現場にも情報を共有します。ブランドディレクター・PR・アンバサダー(店頭スタッフ)の三者で共有して、アウトプットの計画をここで立案します。店頭イベントの詳細からECサイトのコンテンツへの落とし込みもここで決定します。
以前は新丸ビルの3階に出店していましたが、「お客さまがHAPPYになる」という本来の目的の理想の場所を求め、現在の店舗を立ち上げ、自分たちの「発信基地」として機能する場所を確保。営業時間もお客様の生活リズムに合わせて再設計し、現在は13時オープン・18時クローズという体制にしています。営業日は木曜〜日曜の週4日とし、月曜〜水曜は発信のための撮影日に専念。発信のリソースを整えなければ、お客様に価値ある情報を届けられないからです。
また、ライブ配信は店舗を開店する前の午前中、10時30分から約1時間の枠で実施。店舗運営と情報発信が互いに補完し合うよう、リズムを整えています。
コンセプトをしっかりと伝える為、生産から店頭・EC・SNSが連動できるよう全て計画的に実行しているからこそ、熱量のあるブランドとして運営できているのだと思います。

ー 店舗とECの連動で特に効果を感じる施策は何でしょうか?
森:まず前提として、店舗・ECのどちらでご購入されるかはお客様次第です。来店が可能な方は店舗で、それが難しいならECで。この2つの販路は並列で考えていますので、双方同じ発信・同じサービスレベルを意識しています。以前はノベルティフェアを店舗だけで開催していましたが現在はECでも実施、その際にはサンキューDMを添えてECでご購入されたお客様にもお送りしています。
新規接点創出としてのポップアップ戦略とEC送客
ー ポップアップショップからEC売上を伸ばす為の施策は何が効果的でしたか?
森:ポップアップショップでは特にEC送客をメインに取り組んでいます。lelillでは、ポップアップショップは「売上」「在庫消化」が第一目的ではなく、新しいお客様に出会う為のものという位置付けです。その機能を確立する為、POPUPの店頭には可能な限り自社のアンバサダーで店頭に立つようにしています。
また、lelillのペルソナに合致するお客様が来店されるであろう場所の選定を1年先まで計画しています。初めての場所にはブランドディレクターが必ず行くようにしており、接客ではクロージングをきっちり行って会員登録の推奨・ショップカードのお渡し・ライブの紹介を徹底。ポップアップショップでもなるべく濃い接客を心掛け、お客様との濃いエンゲージメント構築を意識しています。
EC送客は、個人情報の獲得から情報発信の徹底と、ポップアップショップでご購入された方へのポイント付与で次につながるようにしています。

ファッション×機能性を両立するブランド設計
ー 機能性とファッション性を両立するのは難易度が高いと思われますが、普段からどのような点に注意を払っていますか?
森:デザイナーの「ファッションで機能性を軸に戦っているブランドは無い」という考えがブランドの出発点にあるので、コンセプトからデザインまで、一貫してその視点を念頭に置いています。
高い機能性を備えたプロダクトはアウトドアブランドには数多く存在します。イージーケアを打ち出すブランドも市場に多いです。しかし、ファッションと「その間」が無いのです。
だからこそ「機能性をファッションとしてどう見せるか」をマーケティングの中核として意識的に取り組んでいます。
具体的には、InstagramやECのメインビジュアルでは「素敵さ」を重視し、デザイナーやスタッフが伝える情報では「機能」を丁寧に補足するという役割分担を設けています。これを逆にすると、どうしても「機能性ブランド」としての印象が強まり、ファッション性が損なわれやすい。そのバランスを取ることが非常に重要なのです。
lelillのアイテムは1年・12ヶ月のシーンに合わせたものになっていて、それぞれのシーンに自然と機能が溶け込むようデザインされています。

ブランドには三つのラインが設定されています。自然由来の素材を用いた「白レリル」、機能性に優れたハイテク素材の「黒レリル」、そして両者をつなぐプロダクトとしてデニム素材を用いた「カーキレリル」。季節や用途に合わせてラインを使い分けることを推奨していて、ブランドコンセプトそのものが「デザインの中の機能性」を体現しています。これこそが、lelillのものづくりが単なる機能訴求ではないことの確かな証と言えます。

ー 流入経路として強いのはどのチャネルでしょうか?
仲西:ECサイトのセッション数が最も多いのはMeta広告経由で、次いで自社SNSからの流入です。一方で売上の面ではメルマガが最も強く、認知獲得とクロージングの役割が明確に分かれています。
店頭集客においてもSNSをメインで活用しています。以前は雑誌への出稿も行っていましたが、自社からの発信を重視する方針に切り替え、現在はSNS中心の運用です。
また、卸先やポップアップショップの展開が多いことも認知拡大につながっており、ブランドにとってポジティブな要因となっています。それぞれの流入経路においては、店頭で接客しているかのような温度感を意識した文面づくりを心がけています。

ー その中で集客力を高める為の取り組みはありますか?
仲西:店頭のイベント名は、ブランドらしさを感じられるユニークな名称を採用しています。例えば予約会は「リザみ(RESERVED MEETINGの略)」と呼んでおり、お客様同士でもこの名称を使っていただくことが多いです。ブランドに対して愛着を持っていただきたいという思いから、デザイナーの児玉が発案したものです。さらに、12ヶ月の着用シーンを提案する際にはアンバサダーからコメントをもらい、それをメルマガに掲載しています。店頭の接客さながらの熱量を、言葉の力でしっかり伝える工夫のひとつです。
お客様への通知は、セールスに直結する内容だけでなく、一緒に楽しめるトピックスも積極的に発信しています。たとえば、lelillの店舗がある神田では、日本三大祭りのひとつである「神田祭」が行われますが、その様子をライブ配信でお届けしています。ECでは地方からご購入いただくお客様が多くいらっしゃいますが、中にはわざわざ店舗まで足を運んでくださる方もいます。だからこそ、街の情報も事前にお伝えしておくことで、ご来店の際に“街全体”を楽しんでいただけるのではないかと考えています。
ライブ配信だけでなく、メルマガでも馬喰町の情報を交えながら祭りの様子をレポートしています。これが直接ブランドにどれほどの影響を与えるかはわかりません。ですが、「お客様と一緒に楽しめることなら、まずはやってみる」という挑戦の姿勢を大切にしています。

SNSのコンテンツでは「今月の道具服」というハッシュタグでディレクターがコーディネートを発信していますが、それをお客様が真似するようになったり、お客様が同じハッシュタグでご自身のコーディネートをストーリーズで共有してくださるようになり、その広がりを受けて、メルマガの限定コンテンツでも「今月の道具服」をご紹介するようになりました。
こちらでもスタッフの着用と共に「なぜこれを選んだのか?」などのコメントも差し込んでいます。着用シーンには「作業デー」や「面接」など、スタッフの日常を取り巻くシーンに合わせたコーディネートを掲載するようにしています。
会員プログラムと「レリコミ」によるCRM強化
ー 「VIP-会員プログラム」を活用した会員プログラムもユニークなものになっていますが、こちらは何故導入したのでしょうか?
仲西:導入のきっかけは、会社組織の都合からでした。以前はホールセールとリテールが別部署で、リテールの中に店舗とECが属している体制でした。そのため、1つのECサイトで複数ブランドをまとめて運営していたのです。しかし組織改編により、部署がブランド軸へと再編され、オンラインサイトもブランド別に分割することになりました。
そこで、新しく立ち上げたlelill専用サイトにもポイントプログラムを導入する必要が生じた、というのが経緯です。現在では、その土台にlelillらしさを加えて発展させています。例えば、キャンペーン時の付与ポイントを「896(馬喰)」ポイントにするなど、ブランドの遊び心を反映させています。

ー これらのユニークな企画はどのように立ち上がるのでしょうか?
森:以前のサイト運営の反省が要因になっています。以前はオフ施策がとても多く「セールばかりしているショップ」という印象がありました。良い商品なのに、その尊さがお客様に伝わっていない事にもどかしさを感じている矢先、マイクグレー社でもセール偏重の運営を止める方針に変わりました。
私が以前勤務していたようなセレクトショップでは、買い付けるアイテムによって展開がシーズンごとに大きく変わる事も珍しくありません。そのような運営の中でショップを維持するには、お客様との関係性が非常に重要になります。言い換えるなら「お客様の居場所」になる必要があるのです。そのような場を提供するのに、ショップ側が値引き商売ばかりではいけません。そこから、前職の「お客様への還元」をヒントにlelillの販促企画や会員制度を作成しました。
具体的な事例を挙げますと、会員制度の一つ「lelill closet」では「お客様のクローゼットを作っていきたい」が根幹にあります。そのためには1年の季節ごと、年間4回ご来店頂く必要があります。そこで、季節ごとに商品を一定価格ご購入された方へプレゼントをご用意しました。

ー ユニークな企画が多いですが、代表的な企画はどちらになりますか?
森:「レリコミ」がブランドの一番の財産です。レリコミはレリルの口コミとコミュニケーションを掛け合わせた言葉で、お客様(レリラーさん)同士で「あの商品良いよね」と情報共有して頂く場としてご用意しました。
当初、お客さま同士で繋がるのは危機管理的にリスクも少しあると考えていましたが、実際にスタートしてみますと、純粋にlelillの良さを熱く語り合うだけの場になっていました。そして、それをお客様同士がとても楽しんでおられます。
レリラーさんが共にlelillの商品を勧め合う。そしてその熱量がとても突き抜けていて、時にはスタッフを凌駕するほどの勢いがあります。その熱量のままに、スタートした初月で400件の口コミを頂きました。ブランドの思いとしても、お客様の感じたワクワクを書いて欲しい。lelillと同じ姿勢でとにかくやってみて欲しいと考えています。
このレリコミをより強いコミュニティにしていきたい。その一環として、「Talk about lelill」という特集を東京店一周年の際に実施しました。lelillへの思いを自由に書き込んで頂く掲示板のようなものですね。今後、このお取り組みを周年ごとにやっていきたいです。それが更にブランドの信用力を高めていく事になりますから。

レリルの口コミとコミュニケーションを掛け合わせた"レリコミ"
ー Stack社の提供する「VIP-会員プログラム」の導入後の効果はいかがでしょうか?
仲西:VIPの導入初期は運用の方針が固まっていなかった事もあり効果は実感できなかったのですが、去年の10月からCRMの施策(レリコミなど)が動き出し、大きく数字が改善しました。具体的には、リピート率が50%程度だったものが70〜80%まで推移するようになりました。それに伴い会員ステージごとの閾値も改定しています。想定より上位の顧客様の年間購入金額が大きく伸びた為の変更ですね。
ステージによってポイント付与率や誕生日ポイントは変わりますが、原則的な方針として「取り寄せ」「取り置き」はしません。また、出来る限りフラットに対応していますので特別な贔屓はしていません。そして年間の最終ギフトにて、お買い上げ金額に応じてプレゼント内容が変わります。

lelillの未来像─台形型ロイヤルティと海外展開
ー レリルの今後の展望を教えてください。
森:まずは海外進出ですね。
ホールセール部門での台湾への進出を計画しています。
リテール部門では引き続きlelillのファンを増やしていきたいのですが、よくある「ピラミッド型」の顧客構成比にはしたくないと考えています。
お客様の中には1度しか製品をご購入されない方がたくさんいらっしゃいますが、なるべくlelillの製品を複数回ご購入して頂きたいのです。セールスの問題、というより「他人にいつでも勧められる信頼あるブランド」でありたいという思いからです。ライトなお客様でもlelillのコンセプトに共感してもらえるような、ピラミッド型ではなく台形のような、限りなくブランドに対するロイヤルティが均一になるような取り組みをしていければと思っています。

編集後記
今回の取材を通して、何よりも強く感じたのは「お客様と一緒に楽しむ」という、lellilのDNAでした。お客様の話になると一気に表情が柔らかくなり、まるで好きな友人の話をするかのように言葉が弾む。その光景自体がすでにひとつの答えであり、ブランドが育んできた関係性の深さを如実に物語っていました。
ファッションの世界では「ブランドは熱量が大事」というフレーズが、半ば経典のように長らく語り継がれています。しかしその本質が体現できないブランドが多いのは、コンセプトを掲げるだけで、当事者の行動原理を変えてしまうほどの「心酔」が生まれていないからなのかもしれません。
どれだけ美しい理念も、口だけで終わってしまえば意味を成さない。魅力的な世界観も、語られるだけではブランド力には転化しない。
lellilが特異なのは、その「熱」がスタッフ一人ひとりの身体に、生活に、思考にまで浸透していること。「本当に良いものを届けたい」「この服を好きになってくれた人の日常をもっと素敵にしたい」 そうした真っ直ぐな想いが行動となり、接客となり、企画となり、やがて文化になっていく。
lelillの会員制度が独自の進化を遂げているのもその延長線上にあるから。ロイヤルティプログラムはあくまで仕組みであって、目的ではありません。lellilはその本質を見失わず、むしろ制度を通じて関係性を可視化し、互いの熱を循環させている。今回の取材は、その真髄を確かに教えてくれる時間でした。
