Shopifyは「従来のお客様アカウント」を非推奨とし、ワンタイムコードによるパスワードレス認証の「新しい顧客アカウント」への移行を進めています。この変更で失われるのは、ログイン方式だけではありません。「会員登録」という行為そのものが、独立したイベントではなくなります。本コラムでは、その前提の変化と、顧客情報を受け取る設計をどう組み直すかを整理します。
本コラムに登場する用語
会員登録が独立したイベントではなくなる
日本のEC運用において、「会員登録」は長らく明確な境界線でした。会員と非会員。LTVの比較もリピート率の分析も、この線を前提に組み立てられてきました。会員登録時にポイントを付与する施策が定着しているのも、この境界を越えてもらうこと自体に価値があったからです。
Shopifyが提供する新しい顧客アカウントでは、この境界が曖昧になります。
従来のお客様アカウントには「アカウントの有効化」という状態遷移がありました。顧客が招待メールのリンクを踏むか、チェックアウト時にアカウントを作成することで、顧客プロフィールが「アカウント」に変わる。この瞬間が、システム上の会員登録でした(※1)。
このとき顧客が行っていたのは、パスワードを設定するという作業です。パスワードを決めた顧客が会員であり、決めていない顧客は非会員。会員・非会員という区分は、突き詰めればパスワードの有無によって定義されていました。
新しい顧客アカウントは、パスワードを持ちません。顧客がメールアドレスを入力してワンタイムコードで認証した時点、あるいは注文が作成された時点で、顧客レコードが生まれます。顧客の側から見れば、会員登録という手続きを踏んだ覚えのないまま、アカウントが存在している状態になります。
つまり、ゲスト購入と会員購入を分けていた壁が、実質的に取り払われるということです。これからは、購入した顧客は全員がアカウントを持つことになります。
ひとつ例外があります。Shopify Plusでは、OIDCに準拠した外部のIDプロバイダーを接続し、Shopifyのログイン体験を自社の認証基盤に置き換えられます。この構成であれば、パスワード設定を含む従来型の登録フォームを維持することも可能です。ただし利用できるのはPlusプランに限られるため、本コラムではこの構成を採らない前提で話を進めます。
この変化は、単なる仕様変更として処理できるものではありません。会員登録ポイントの役割、会員・非会員という分析軸、CRMの前提そのものに影響します。順に見ていきます。
注釈
※1 Shopify ヘルプセンター「お客様アカウントが有効になったとき」
仕様として、何が変わったのか
Shopifyは2026年2月26日、従来のお客様アカウントの非推奨を発表しました。新規ストア、および従来方式を使っていない既存ストアでは選択できなくなり、機能追加と技術サポートも終了しています。最終的な提供終了日は2026年内に発表される予定とされています(※2)。
移行後の主な変更点は次の通りです。

※機能比較はShopifyヘルプセンターの記載に基づく。外部システムとの連携は、いずれもShopify Plus限定(※3)
セキュリティの観点では、パスワードを保持しない方式への移行は妥当な方向です。使い回しに起因する不正ログインのリスクが構造的に減り、パスワードリセットの問い合わせも発生しなくなります。
運用に響いてくるのは、表の2行目です。アカウント作成という手順が消えたことで、それを起点にしていた仕組みの見直しが必要になります。
注釈
※2 Shopify Changelog「Legacy customer accounts are deprecated」
※3 Shopify ヘルプセンター「お客様アカウントと従来のお客様アカウント」
会員登録ポイントは、どのトリガーに載せ替えるのか
ポイントプログラムを運用しているストアにとって、実務上もっとも影響が大きいのはここです。会員登録ポイントは従来、Shopify Flowの Customer account enabled トリガーに ポイント付与 などのアクションを接続する形が一般的でした。アカウントが有効化された瞬間、つまり会員登録が完了した瞬間に一度だけ発火するため、「登録したら500ポイント」という設計をそのまま表現できたわけです。
しかし、このトリガーは従来のお客様アカウント専用です(※4)。新しい顧客アカウントに移行すると発火しません。
代替として想起されるのが Customer created トリガーです。これは、新規顧客が注文したとき、または顧客プロフィールが作成されたときに発火します(※5)。一見すると置き換えられそうですが、発火する条件が広い点に注意が必要です。
同じ「ポイントを付与する」を接続しても、結果は変わります。「登録の対価」として設計したはずのポイントが、購入した顧客ほぼ全員に自動的に配られることになります。
これは設定ミスの問題ではありません。会員登録という独立した行為が消えた以上、「登録に対して報いる」という設計そのものが成立しにくくなっている、と捉えるほうが実態に近いと考えます。トリガーを付け替えるのではなく、何に対してインセンティブを払うのかを定義し直す必要があります。
なお、Shopifyのヘルプセンターでも、従来方式を前提としたワークフローは新方式へ移行できないと明記されています(※6)。既存のFlowを棚卸しし、どれが停止するかを移行前に把握しておくことをおすすめします。
注釈
※4 Shopify ヘルプセンター「お客様アカウントが有効になったとき」
※5 Shopify ヘルプセンター「お客様が作成されたとき」
※6 Shopify ヘルプセンター「従来のお客様アカウントからお客様アカウントへのアップグレード」
日本市場で、顧客と事業者の求めるものがずれている
日本のEC事業者は、顧客の誕生日、性別、家族構成といった属性情報を軸に、細やかなCRMを設計してきました。誕生日クーポンの配信、性別別のレコメンド、ライフステージに応じた訴求。いずれも属性情報が揃っていることが前提です。
新しい顧客アカウントの発表当時、国内では「今後は顧客情報が取得できなくなるのではないか」という懸念が広く共有されました。顧客データの活用度が高い企業ほど、移行の判断に時間をかけています。
この課題に対応するサービスも登場しています。株式会社macro microは2026年4月6日、新しい顧客アカウントでも新規会員登録フォームを利用できるShopifyアプリ「Howdy 新しいお客様アカウント 新規会員登録フォーム」の正式版を提供開始しました(※7)。入力されたメールアドレスから新規顧客か既存顧客かを自動判別し、新規のみに登録フォームを表示します。従来型フローと、Shopifyの新しい流れに沿って情報取得を追加するフローの2通りを選べる点が特徴です(※8)。

株式会社Alquimistaの「AL CustomerMetaSync(メタシンク)」も、2026年3月に会員情報登録フォーム機能を追加しました。ワンタイムコード・Shopログイン・Google・Facebook・SSOのいずれでログインした場合でも、その直後にフォームを表示できます。姓名や電話番号に加え、誕生日・性別・プライバシーポリシー同意などをメタフィールドとして収集する構成です(※9)。

両者は、同じ課題に置き場所の異なる答えを出しています。Howdyは会員登録という入口の再現に重心を置き、メタシンクは入口に加えてプロフィール・サンクス・注文状況の各ページへ取得の場を分散させます。
ただ、こうしたアプリが解こうとしているのは、あくまで事業者側の困りごとです。顧客の側から見たとき、この変更がどう映るかは別の話になります。
消費者顧客にとって、入力項目の多い会員登録フォームは離脱の要因です。複数のECサイトを使い分ける顧客ほど、必須項目が増えれば、そのサイトで買い切る理由は薄くなります。パスワードレス化によって購入がメール認証だけで完結することは、この摩擦を減らす変化です。
事業者にとっては逆になります。属性情報が取得できなくなることによるCRM精度の低下は無視できません。誕生日ポイントやクーポン施策ひとつを取っても、売上に直結する打ち手が使えなくなります。
この不一致こそが、会員登録をめぐる本質的な論点です。どちらかが間違っているわけではなく、両者が求めるものが構造的にずれている。Shopifyの今回の変更は、そのずれを覆い隠していた「会員登録」に対して、今後事業者がどのように向き合っていくか?という問題提起です。
注釈
※7 PR TIMES「Shopifyアプリ【Howdy 新しいお客様アカウント 新規会員登録フォーム】の正式版を提供開始」
※8 Shopify App Store「Howdy 新しいお客様アカウント 新規会員登録フォーム」
※9 AL CustomerMetaSync 公式ドキュメント「はじめに」
一律のフォームから、アクション単位の対価へ
会員登録というイベントが消えたとき、選択肢は大きく二つあります。ひとつは、アプリで従来と同じ位置に会員登録フォームを復元し、これまで通りの運用を続けること。もうひとつは、情報取得の設計そのものを組み直すことです。
前章のアプリ群が示す通り、Shopifyではどちらのアプローチも取れます。移行にあたって片方を選ばされるわけではない点が、この環境の強みだと考えています。
ただ、後者は具体像が浮かびにくいという声も聞きます。その設計がどういうものかを説明します。
ロイヤルティプログラムの領域では、購入以外の顧客行動に個別のポイントを設定する「アクションポイント」という考え方が広がっています。これを情報提供にあてはめると、顧客情報の提供を一つひとつのアクションとして分解し、それぞれに対価を設定するという設計になります。
会員登録で一律500ポイント、ではありません。誕生日を教えてもらえるなら100ポイント、性別なら100ポイント、家族構成なら100ポイント。顧客は、その事業者に開示してもよいと考える情報だけを選んで提供できます。 事業者側は、実際に受け取った情報の単位でインセンティブを支払います。
この設計が向くのは、次のような場合です。
- 入口の離脱を抑えたい:購入までの導線に必須入力を挟まないため、フォーム起因の離脱が起きにくい
- 情報の質を重視したい:提供する意思のある顧客からの回答であり、精度の低いダミー入力が減る
- 顧客ごとの温度差に対応したい:値引きが不要な顧客はそのまま購入し、お得に買いたい顧客はアクションを重ねる
フォームを置く場所も、会員登録という一点に集約する必要はありません。新しい顧客アカウントでは、取得の機会が4つに分かれています。
置き場所によって結果は変わります。Alquimista社の公表値では、購入直後に表示されるサンクスページのフォーム送信率が、プロフィールページの3倍以上に達したとされています(同社の自社調べによる数値)(※10)。購入を終えた直後は、事業者への関心がもっとも高い瞬間です。会員登録という入口だけを見ていると、この場所は視界に入りません。
Shopify Flowの観点でも、この設計は無理なく組めます。メタシンクは、プロフィール・サンクス・注文状況の各ページでフォームが送信された瞬間にFlowのトリガーが動作する仕様になっており、送信内容を条件にポイント付与や外部連携を接続できます(※11)。Shopify標準の機能で組む場合も、Shopify Formsの回答をメタオブジェクトエントリーとして受け取り、Metaobject entry created トリガーで起動する構成が取れます(※12)。
弊社が提供する「VIP-会員プログラム」でも、フォーム送信・アンケート回答・口コミ投稿といった任意のアクションに対してポイントを付与する設計を採用し、Shopify Flowを介した外部連携で実現しています。会員登録という単一のイベントに依存しない形でロイヤルティを設計する考え方は、アクションポイントに関する過去のコラムで詳しく扱っています。
いずれの場合も、起点になるのは「顧客がこのフォームに回答した」という実際に起きた出来事です。何に対して報いているのかが、設計上も明確になります。
もっとも、この設計がすべてのストアに向くわけではありません。初回のうちに一定の項目を揃えたい業種や、コンプライアンス上まとめて同意を取る必要がある場合は、入口にフォームを置く従来型のほうが適しています。
会員登録は、顧客情報の取得とロイヤルティプログラムへの参加を、ひとつの手続きで済ませる仕組みでした。それが2つに分かれます。どう組み直すかは、事業者ごとの判断になります。
注釈
※10 PR TIMES「Shopify新しいお客様アカウントに『会員登録フォーム』を - AL CustomerMetaSync(メタシンク)機能アップデート記念」
※11 AL CustomerMetaSync 公式ドキュメント「メタフィールドデータを外部システムに連携させる」
※12 Shopify Changelog「Flow: Trigger workflows when metaobject entries are created」
まとめ:登録の対価から、情報の対価へ
新しい顧客アカウントへの移行は、ログイン方式の変更にとどまりません。会員登録という概念が独立したイベントでなくなることで、ポイントなどの顧客へのインセンティブ設計とCRMの前提が同時に影響を受けます。
今から着手できることを3点挙げます。
- 既存のShopify Flowを棚卸しする — Customer account enabled を起点とするワークフローを洗い出し、移行後に停止するものを特定する
- 顧客情報を受け取るタイミングを設計し直す — 会員登録フォームに集約するのか、プロフィールページやサンクスページに分散させるのか、項目ごとに置き場所を決める
- 項目ごとにインセンティブを再設定する — 一律の登録ポイントを、誕生日・性別といった情報単位の対価に分解し、どの情報にいくら払うかを定義する
会員登録という単一の入口が失われることは、顧客情報の取得を諦めることを意味するわけではありません。何に対してどれだけの対価を払うのかを、事業者自身が定義し直す機会になります。今回のアップデートは、その再設計を促すものだと捉えています。
とはいえ、どの情報にいくら払うのか、フォームをどこに置くのかは、扱う商材や顧客層によって答えが変わります。弊社は「VIP-会員プログラム」を通じて、多くのマーチャントとポイント設計を組み立ててきました。新しい顧客アカウントへの移行にあたって、会員向けのインセンティブをどう設計すべきか迷われている場合は、ぜひ一度ご相談ください。
※本コラムの内容は2026年9月時点の情報に基づいています。仕様は随時更新されるため、実際の導入検討にあたっては公式ドキュメントの最新版をご確認ください。


